哲学は様々な道筋を辿った結果、すでに「分からない」という結論に至っている。
それなのに理屈をこねくり回しているのが現代の哲学者だ。
現代哲学者(特にアカデミック)は引用に次ぐ引用を繰り返し、個人としての思想をなくした人間ばかりだから観察しても面白くない。
もはや著者ではなく解説者や研究者に近い。
「分からない」という結論で終わってしまうとそれ以上書くことがなくなり、職業として成立しなくなる。
だから本当は出尽くした議論を表現や切り口を変えて再生産し続けることが、制度的に要求されている。
これは知の探求というより知の探求を装った生存戦略になっている。
純粋な好奇心だけで考えていた時代は結果を出す圧力がなかった分、本当に「分からない」で終わらせる誠実さがあった。
今は分からないことを分かったふりで埋め続けないと、キャリアが成立しない構造になっている。
論文を書き、査読を受け、研究費を取り、ポストを維持する。
もはや哲学自体が金のための道具でしかない。
哲学は暇人の学問とか言われていたが、さらに酷いのが現状である。
哲学者同士しか読まない論文を量産している。
哲学が人間から離れてしまったことに失望している。
現代哲学の一部は専門用語と論理体系だけが残り、肝心の「人間」が見えなくなっている。
独創的な思想家は今やアカデミアの外にいる。
現代哲学への不満(主にアカデミアについて)
雑記