才能の差とダニング=クルーガー効果

才能とは
ある個人が特定の分野において、訓練や学習を経ずに、または僅かなそれらによって、平均以上の能力や技術を身につけることができる素質や能力のことである。(Wikipediaからの引用)

ダニング=クルーガー効果とは
特定分野において能力の低い人が、本人の能力にあまりにも肯定的な評価をする傾向であると定義される。(Wikipediaからの引用)

私は「自分には何か特別な才能があるから努力すれば何とかなるだろう」と考えていた。
なぜなら物事の吸収が早く、同時期に始めた人間と比べ、目に見えて上達速度に違いが出るからであった。
だがそれは全くの誤り、もしくは何の役にも立たないものだと結論付けた。
実際にはそもそも努力が続かず、ある程度努力を続けても劇的に腕前が上がらない、つまり大した才能もない事に気が付いた。
そしてこのインターネット社会、自分より年下で才能にあふれている人間が腐るほど目に入る。
その度に私は情けない気持ちになってしまう。

今の社会が求めているのはオール50~60点の人間ではない。
10点や20点がいくつあっても役割分担が成立するのだから、何かが100点ならばそれを活かせるようにするだけでいいのだ。

私は恐らく100点の人間にはなれない。
何かに長時間打ち込むということが極めて苦手なのである。
これは特に、中級者から上級者へステップアップする際に致命的な弱点となる。
なぜなら、天才でもない限り地道な努力こそが上級者への唯一の道であるからだ。
天才とまでは言えないが、非常に才能がある人間ですら地道に努力をしているのに、私のような凡人が努力しなければどうなるかなどは書くまでもない。

なぜ長時間の努力が苦手なのかも考えた。
おそらく私は「自分の底」が知れるのが怖いのだ。
努力をすればするほど自分の限界が見えてくる。
それが大したことが無かった場合、自分の人生は無駄だったんじゃないか?と思ってしまうからだ。
だから私は様々なコンテンツに手を出しては、ダニング=クルーガー効果で快楽に浸り、底が見える前に手を引く、を繰り返している。
そして今後もこの性格は治らず、永遠に「自分が持っていた可能性」を過大評価して行くのだろう。


なにか1つのことに打ち込み続けるということの大切さを説く記事でした。