一般的なJRPGのゲーム性の低さ
個人的にはルーティンを繰り返す、ただの作業ゲーと評している。
ゲーム性の部分が面白いと思えたJRPGは最初に触れた数作品だけと言ってもいい。
これは単体の作品というより、JRPG全体で同じ解法を使いまわせるためである。
静的なシステムである以上、最適化された固定のフローチャートをなぞる計算作業にしかならないという、構造的な限界を打ち破ることは出来ない。
ただし、FFのATBという少々の例外もあるのでそこにも言及する。
大体のJRPGは
①ボスにデバフをかけ続ける
②味方全体に防御系のバフ、一人のアタッカーに攻撃系のバフをかけて常に最大火力のスキルを使わせ続ける
③ヒーラーは、敵の全体攻撃のダメージと全体回復魔法の量が拮抗もしくはこちらがやや上で、ボスより先に動けるようにする
これらの条件を満たせば勝てる。
4人パーティなら攻撃1人、回復1人、バフデバフ係兼道具でヒーラーやアタッカーのMPなどを管理する2人(その時暇な方にさせる)で固定したらいい。
作品にもよるがタンクを混ぜる事が出来るのなら攻撃1人、回復1人、サポート1人、タンク1人というような構成が良い。
強力な単体攻撃はすべてタンクに吸わせて、そのタンクは防御に徹し続ける。
全体攻撃だけ全体回復、それ以外はタンクのみを回復する事により、戦闘が楽。
バフデバフの管理がややシビアになるが、それ以上にコントロールしやすくなる。
単体攻撃の受け先を固定、全体攻撃への対処を固定、通常時の回復対象を固定、バフ・デバフの管理役を固定、MPやアイテムの管理役も固定。というように、戦闘中の判断をあらかじめ役割分担と条件分岐に変換できるためである。
単純な四則計算と概算が出来れば、考える時間が無限に生まれてクリアが非常に容易である。
一度有効な解法を発見してしまえば、その後の戦闘は同じ手順の反復になりやすい。
FFのATBはコマンド入力のスピードが求められるから例外だが、それ以外のJRPGは弱点・耐性・行動順・期待値を理解出来れば負ける事がほぼない。
そのFFも大抵の敵は概算で何とかなってしまう。
開発者側もJRPGのゲーム性の低さへの対策として、ダメージの乱数によるブレ、状態異常、クリティカル、回避、リソースの制約を用意している。
乱数のブレは、敵の攻撃は観測出来た中での最大値を前提とし、味方側の攻撃は最小値を前提とする。
このように考えると、ブレを考慮する必要が無くなり、HPなどのリソース管理が楽になる。
状態異常は装備で対策可能。
攻撃を回避されても1回分余計にターンを消費するだけで意味がない。
ただし、リソースの消耗という点では不利になるので、敵の回避率が高すぎると専用の対策が必要となる。
女神転生3のマタドールがこれに該当する。
クリティカルで味方が死亡しても、蘇生魔法やアイテム1つで次のターンには復帰できる。
戦闘不能が戦線の崩壊や不可逆的な不利に繋がらず、単なる1〜2行動分の手間の消費でしかないため、誰が倒されようが何事もなかったかのように元の作業手順へ戻れてしまう。
リソースの制約はアイテムで解決する。
アイテム禁止、特定の技に使用回数制限がかけられている場合は、ゲーム側もその設定に合わせた難易度にしているため、かえって楽になる場合もある。
例外条件として、敵が2回攻撃、1度目でヒーラーが死亡し2度目で全体攻撃を受けた場合。
これは立て直しが少し難しい……ように見えるが、ATB以外では考える時間が無限にあるため特に問題は無い。
一例として、一番早い味方に全体回復アイテムを使わせる、敵の攻撃を耐える事に専念、ボスより遅い味方にヒーラーを蘇生させる。
こうすると、上記の③に戻すことができ、ヒーラーが全体回復を使用するだけで元に戻る。
ただし、ATBでこのような状況になると普通に難しいので、その瞬間だけゲーム性を感じる。
世界樹の迷宮における毒のように、状態異常が致命的になる作品もある。
他にもただの攻撃以上に厄介な物が存在するRPGもあるだろう。
それでも結局はそれ自体を「通常のRPGにおける致命的な大技」と再分類するだけで済ませてしまうようになった。
毒になったらすぐ治す、毒耐性装備を付けるといったように。
そして根本的な問題は、レベル上げという作業を挟めば、これらの方法を使用する必要すらないことである。
高ステータスでのゴリ押しが可能だからだ。
レベル制を撤廃しているJRPGも存在するが、その場合は装備や技の組み合わせで似たような事を出来るため、変わりはない。
FF4のゼロムスのように、定期的に高威力の全体攻撃を撃ってくるボスはキツイが、これはただの数値の不等式判定であり、純粋に「ステータスの数字が基準値を超えているか」を判定しているだけ。
これは全体のレベルを上げるか、すぐに死ぬ脆い味方を見捨てる事で解決する。
「アイテムを使わなければいいのでは?」、「レベルを上げなければいいのでは?」、「パーティの役割を固定しなければいいのでは?」。
これらの反論が予想されるが、それらは「縛りプレイ」である。
つまり、JRPGはJRPG単体ではゲーム性を生み出すことがほとんど出来ず、プレイヤー側にゲーム性の調整を任せていると言える。
実際に今の私はJRPGをプレイする際に、
・回復アイテムを極力使わない
・ストーリーを進める際にはまっすぐ次の目的地へ進み、その時にエンカウントした雑魚敵とだけ戦い、レベルの上昇を最小限に抑える
・サブイベントの寄り道の際に発生する雑魚のエンカウントはすべて逃走
・ランダムエンカウントならエンカウント防止用の道具があれば使用、シンボルエンカウントであれば避ける
これらのルールを適用している。
こうすると適正レベルやや下~かなり下でボス戦に挑むことになるが、雑魚戦闘を最小限に出来るので、効率的に進めやすい。
ゲーム性の向上目的で行っている行為ではない。
そのため役割固定はそのままである。
「ここまで色々考えているならゲームとして成立しているのでは?」
していると思う。
ゲーム性もあったと思う。
最初は楽しかった。
だからこそ、繰り返していく内に、この解法があらゆるRPGに通用することが分かってむなしさを覚えた。
「ゲーム性もあったと思う。」と過去形で表したのはそれが理由だ。
そして考える事が無くなり、ただの作業と化した。
JRPGのゲーム性の低さについては以上とする。
私がゲーム性が高いと考えている物
他人がゲーム性を感じている物を否定するだけだと不公平なので、私がゲーム性が高いと認識しているジャンルと理由も書く。
・対人ゲーム全般
RTS、FPS、格ゲー、ぷよぷよあたりがこれに該当する。
書くまでもないが、相手が人間である以上、大まかな予測は出来ても完全な予測は出来ない。
定石やキャラの扱い方などを覚えるのは大前提であり、それを動的な不確実性が生まれ続けている状態の中でリアルタイムで対応し続けなければならない。
静的なゲームの場合でも同様にゲーム性が発生する。
相手が人間である以上、常に最適解を打ってくるとは限らず、その瞬間の対応とその後の展開について大きく考え直す必要が出てくる。
長時間にわたり最適解を打ち続けるのは実行可能性の問題が絡んでくる。
お互い最適解を打ち続けた場合、体力や集中力が影響し始める。
時間制限がなければいくらでも考えられるが、時間制限がない静的な対人ゲームはほとんど見ない。
そして自分が考えている間、相手にも考える余裕や休憩時間が発生する。
こうなった場合、自分は対等もしくはやや不利になると思われる。
自分の思考時間が相手の準備時間にもなるからだ。
・テトリス
加速していく中で最適解に近い物を導き出し続ける。
この行為は実行可能性が生まれるのでゲーム性が発生する。
定石を覚えていても、それを正確に当てはめて処理し続けられるかどうかは別である。
今は対人ゲームとしても認知されているが、最初は主に一人用ゲームだったのでぷよぷよとは別枠にしている。
・音ゲーとSTG
暗記するだけのゲームだと思われている。
実際STGは暗記がかなりの部分を占めるし、この二つは低難易度なら暗記だけでクリア可能である。
ただし、私はこの二つはゲーム性を生み出せていると考えている。
高難易度になると、こちらにも実行可能性という別の問題が発生するためである。
丸暗記出来ても体がついていかないのだ。
音ゲーの場合。
7つのレーンに、様々な組み合わせで秒間40個のペースで降ってくるノーツを、物理ボタンを使用して2分間正確に叩き続けてください。
出来ない。
これは暗記するノーツ数が膨大になる上に、体力や視力の問題で後半になればなるほど精度が落ちていくためである。
数千ノーツの組み合わせを丸暗記しても、それをリアルタイムで、暗記した譜面のどの部分を叩いているかを参照し続ける、という負荷もかかる。
一度崩れると立て直しもきかない。
具体例を挙げるとBMSのFDFDが秒間40ノーツ以上を2分間叩き続ける曲に近い。
休憩地帯もあるがほとんど無意味。
他にもBMSの最高難易度譜面には似たような譜面がたくさんある。
BMS以外の瞬間最大密度なら、IIDXの卑弥呼(A)の同時押し地帯が秒間40ノーツを超えている。
2分間叩き続けるという条件になると秒間ノーツ数がだいぶ落ちるが、平均密度が秒間25ノーツ前後のVerflucht(L) がそれに近い。
MareNectaris(A)のように、256BPMの24分(約39.1ms)32分(約29.3ms)あたりは高い指の独立性と打鍵速度が要求される。
暗記が機能するのは、「この後に凄い量のノーツが降ってくる」という抽象的なもの、譜面の速度変化、極めて難しい曲の最難関地帯を突破するとき、特殊な操作(スマホ音ゲーならフリックやスライドするロングノーツの運指、IIDXならスクラッチのリズムをハンドクラップで聞く)あたりに限られる。
そして暗記の問題点は癖がつく事。
暗記しても体がついていかない以上、誤魔化して押す場合や押せない事がある。
そうするとその正しくない押し方を体が無意識レベルで覚えてしまう。
これを回避するためにはランダムオプションを使用するか、その曲からしばらく離れて癖を抜く必要がある。
ランダムオプションを使用すると暗記量が膨れ上がるのは書くまでもない。
入力形式の違いも存在する。
RPGと違い、足で操作する音ゲー、タッチパネル式の音ゲー、体全体をモーションキャプチャーする音ゲーなど色々とある。
ひとつのゲームを極めたからといって、その能力を他のゲームに完全に持ち出すことは出来ない。
中級者にはすぐなれるが、上級者になるにはしっかりとそのゲーム特有の操作を自然にこなせるようにする必要がある。
STGの場合。
まずステージ構成やパターンの丸暗記は大前提。
その上でランダム弾への対応、残機やボムといったリソース管理、事前に組み立てたパターンの実行、集中力の維持。
この辺が問題になる。
特にランダム弾が深刻。
当然のことだが、単純に目で弾を見て、瞬間的に避け方を考え、それを実行しなければいけない。
高難易度だと時間的猶予が狭まり、肉体的な限界も発生するので、反射神経や動体視力が極めて強く関わる弾は、弾が見えない人は一生避けられない。
パターン弾だったとしても弾の速度と密度の組み合わせ次第では避ける事が不可能に近くなる。
極端だが陰蜂や緋蜂がいい例である。(検索して動画を見てください。HPが減ってくると凄い弾を撃ってきます。)
頻出するものだと、ボスが動き続けるせいで8割パターンだが2割アドリブ、といった弾が見受けられる。
その他。
SRPG、ローグライク、デッキ構築のように、時間無制限で考えられるのに解法が固定されにくいジャンルについて。
ゲーム性は十分ある。
強力な戦法やセオリーを覚えることは出来るが、それを実行できるかどうかに運が絡む。
例えばキャラロスト有りのSRPGは敵に一度でも回避されると致命的になりやすい。
なぜかというと、本来倒せていたはずの敵からダメージを受け、ロストする可能性が発生するから。
これを防ぐには回避された場合に備えて、近くにバックアップ用キャラを置くという方法があるが、その分他の場所に負担がかかる。
ロストしそうになったから逃げようとしても、基本的に間に合わない場合が多い。
戦闘開始時点で、敵の配置、移動範囲、技の射程、威力、これら全てを考慮しなければいけない。
リスクとリターンを天秤にかける必要が出てくる。
ローグライクとデッキ構築は運次第でどうにもならない状況が発生する。
不思議のダンジョンでは状態異常でハメられたり攻撃を跳ね返されたり、デッキ構築型では手札事故やキーカードを引くことが出来なかったり。
対策可能に見えますが、RPGと違ってリカバリーや状態異常対策にも運が絡むため限界がある。
プレイしてたらそういう経験あるでしょう?
基本的な戦略やセオリーを使い回せる、静的なシステムである以上考える時間が無限にある、という点ではこの3つはJRPGに似ているように見えます。
ただし、その計算が複雑かつ運が絡み、失敗した場合のリカバリーが容易ではないので別枠にしている。
JRPGにもそういったボスはいます(人修羅が有名)が、極めて少ないので考慮していません。
「理不尽さとゲーム性をはき違えているのでは?」
これはそうかもしれない。
3歳のころからゲームをし続けてきた影響で、あらゆるゲームにかなり慣れてしまった。
その結果、ある程度の理不尽さが無いと手癖でクリアしてしまうのだ。
とりわけJRPGは触れてきた作品数も多く、予定調和的な物が多かったため、このような評価を下すことになってしまったのだろう。
ゲーム性とは?
私は動的に変化するものへの対応、実行可能性の難易度で決めている場合が多い。
でも結局個人の尺度。それだけ。
私は上記の理由でJRPGにゲーム性を感じる事はもはや無いが、ほとんどの人間はゲーム性を感じている。
それはそれでいいんじゃないですか。
全く選択肢が無く、完全に見ているだけのADVはゲームと呼べるのか?
ゲームという媒体で提供されている以上、ゲーム以外の何物でもない。
『ゲーム性が全くないゲーム』である。
似たような例として、何も書かれていない白紙の本があったとする。
製本されている以上、白紙の本である。
「本の本質は『読む』という機能にある。白紙の本は読めないのだから、本としての機能を果たしていない。同様に、ゲームの本質は『遊ぶ』という機能にあり、見ているだけのADVは遊べないのだから、ゲームとしての機能を果たしていない」
こんな感じの反論も来るでしょう。
私は機能ではなく形式を基準にしている。上記の反論は基準の違いである。
結局のところ、ゲーム性がないからゲームじゃない、という意見はただの好き嫌いの域を出ない。
その人物が採用する定義と尺度に依存するものです。
あなたがゲーム性だと感じているものを、ゲーム性だと感じていない人もいるんですよ。
私がJRPGをただの作業行為だと切り捨ててしまっているように。
